研究領域の現状 151
石 田 干 城(助教) (2004 年 11 月 1 日着任)
A -1).専門領域:理論化学,計算化学
A -2).研究課題:
a). 溶液内光励起反応過程の理論研究 b).分子動力学法に基づくイオン液体の研究
A -3).研究活動の概略と主な成果
a). 励起後特に約数十から数百フェムト秒前後で起こっているとされている励起状態における電子移動反応プロセスや 溶媒和過程の解析を可能にするため,溶媒分子の並進及び回転運動の効果をも取り入れた形での溶質分子周辺の溶 媒分子の分布関数を時間依存形式として定式化することを可能にした。これらの拡張された方法論と,時間依存 R I S M - S C F 法を用いることにより,溶質分子の電子状態に関する時間依存変化を記述する方法とを組み合わせ,溶 質分子としての色素分子の光励起電子移動反応プロセスの研究に応用した。その結果より,提案した方法論は溶液 内色素分子における光励起後の分子内電子移動反応過程の詳細な記述に有用であることがわかった。さらに短パル スレーザーによる分光実験データ等による報告例と比較したところ,分子内電子移動反応に必要とされる時間の見 積もりと非常によい一致が見られることが示された。また,励起状態での電子移動反応過程について従来から提唱 されてきた分子内構造変化が起点となる反応過程とは異なり,分子内での電子移動反応が構造変化に先だって起こ る過程が存在することも初めて示された。
b).イオン液体は陽イオンと陰イオンのペアで構成され,イオン分子間の相互作用の特性を分子レベルで理解することが 最重要課題の一つであると考えられる。特に,イオン液体中でのダイナミックスなどを実験観測する際には異なるイ オン種間の相互作用や分子内自由度の効果が顕著に表れることが期待される。しかしながら,実験データからこのよ うな効果について直接分子レベルでの解釈を試みることは困難であり,さらなる理解のためにはコンピュータ・シミュ レーションによる研究との比較・検討が有用である。従って,分子動力学シミュレーションの手法を用いることでイ オン液体中における陽イオン,および陰イオンの挙動に関して解析を行い,さらに実験観測との共同研究をとおして イオン間相互作用の特性についての研究を行った。研究結果より,イオン間相互作用の違いが超高速ダイナミックス の測定実験による観測スペクトルの強度の違いに大きく表れていることが始めて示された。またこれらの実験との共 同研究の結果はイオン液体中の陽・陰イオンの大きさの違いがイオン間相互作用ポテンシャルの違いに顕著に表れ, イオン液体の挙動を制御する際の指針となっていることを暗に示していることも明らかになった。
B -1). 学術論文
T. ISHIDA, “Solvent Motions and Solvation Processes in a Short-Time Regime: Effects on Excited State Intramolecular
Processes in Solution,” J. Phys. Chem. B, 113, 9255–9264 (2009).
T. ISHIDA, K. NISHIKAWA and H. SHIROTA, “Atom Substitution Effects of [XF6]– in Ionic Liquids. 2. Theoretical Study,” J. Phys. Chem. B 113, 9840–9851 (2009).
H. SHIROTA, K. NISHIKAWA and T. ISHIDA, “Atom Substitution Effects of [XF6]– in Ionic Liquids. 1. Experimental Study,” J. Phys. Chem. B 113, 9831–9839 (2009).
152 研究領域の現状 B -4). 招待講演
T. ISHIDA, “Theoretical Investigation of Ionic Liquids: The Dynamical Behavior of Ions through Interionic Interactions,” 6th International Discussion Meeting on Relaxations in Complex Systems, Rome (Italy), August–September 2009.
B -10).競争的資金
文部科学省科研費特定領域研究(公募研究)「溶液内光励起反応プロセス,. と溶媒効果」,.石田干城.(2007年 ).
文部科学省科研費特定領域研究(公募研究),.「溶液内光励起反応プロセスと溶媒和ダイナミックス」,. 石田干城. (2008年 – 2009年 ).
文部科学省科研費特定領域研究(公募研究)「分子動力学法によ,. るイオン液体の理論的研究」,.石田干城.(2008年 –2009年 ).
C ). 研究活動の課題と展望
本年度は溶液内における光励起後の分子内電子移動反応の解析に必要な方法論に関する研究と,イオン液体中でのイオン 間ダイナミックスの分子動力学法による解析の2つを中心にして研究活動を計画し,行った。溶液内色素分子における励起 状態での分子内電子移動反応の研究においては理論的方法の拡張により計算効率の改善が可能となり,色素分子のような 比較的大きな分子を対象とした研究にも応用することが可能となり,多くの知見と進展を得ることができた。今後はさらに金 属錯体や生体分子系へと展開していきたい。また,イオン液体の研究については対象となる系の本質を探究するための方法 と理論研究としての着眼点が明らかになり,実験研究との共同研究を通して発展させることができた。今後もさらにイオン液
体のもつ特性を制御するための鍵となる物理的因子の研究を進めていきたい。